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今日の人物
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神奈川県横浜市出身。横浜国立大学学芸学部附属中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1971年に中央大学法学部を卒業する。82年に弁護士登録し、横浜弁護士会に所属。厚木基地爆音訴訟などに携わった。 1986年の参議院議員選挙に日本社会党(96年に社会民主党へと改称)公認で神奈川選挙区から立候補して初当選し、92年に再選。参議院決算委員長や環境特別委員長を務め、副書記長や副党首など党の要職も担った。97年に社民党を離党し、民主党に入党。その後、98年に三選、2004年に四選を果たし、民主党のネクスト・キャビネットで男女共同参画・人権・総務大臣や法務大臣を務めたほか、民主党副代表、広報委員長、総務委員長を歴任した。 2009年8月の衆議院議員選挙で民主党が大勝し、政権交代が実現すると、9月に発足した鳩山内閣で法務大臣に就任する。就任前は「死刑廃止を推進する議員連盟」に所属し、死刑に反対する立場を取ってきたため、野党やマスコミからは死刑執行命令を下す法務大臣として不適任との批判を浴びた。任期中には殺人をはじめとする重大犯罪の公訴時効制度を見直す刑事訴訟法改正案の成立などに尽力した。 2010年6月に鳩山内閣の総辞職により誕生した菅内閣でも再び法務大臣に任命されたものの、同年7月の参院選で落選、民主党も大敗を喫した。現職閣僚の落選は10年ぶりのことだったが、首相の菅直人から同年9月の民主党代表選までの続投を要請され了承した。同年7月には民主党政権としては初めて、死刑囚2人の刑の執行を命令し、執行にも立ち会った。法務大臣が死刑執行に立ち会ったのは初めて。落選後の死刑執行には野党から批判や疑問の声があがった。執行後には「国民的な議論の契機にしたい」として、法務省内での死刑制度勉強会の設置、東京拘置所内の刑場の報道機関への公開を指示した。10年9月の法務大臣退任と同時に政界から引退する考えを明らかにしている。 趣味は天体観測。 [北村主税] [政治] [2010年09月03日配信] ©Shogakukan Inc.
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