「古典」をめぐるクロストーク──新旧の『新編 日本古典文学全集』編集長、佐山辰夫さんと土肥元子さんにお話を伺う、最終回。
古典への興味を駆り立てる『源氏物語』の底力
──ついにジャパンナレッジに『新編 日本古典文学全集』が登場しました。第一弾は『源氏物語』です。
佐山「最初の『日本古典文学全集』でも、『新編』でも、第一回配本は『源氏物語』でした。なんといっても、古典界の大スターですから」
土肥「『源氏物語』は、日本文学の多義性、情緒性を非常によくあらわしています。文法的にも論理的な構造でできていますから、現代の私たちにとっても、読みやすいテキストなんです。ですから、まずは『源氏物語』、ということになるのでしょう。そうそう『源氏物語』の校注・訳者のお一人、秋山虔先生に以前、好きなシーンをお伺いしたところ、意外にも『宇治十帖』の『総角(あげまき)』の一場面をあげられました」
佐山「匂宮は宇治川での紅葉狩りを催して、恋い慕う中君にこっそり会おうと計画します。ところが、多くの人が集まり盛大になりすぎて、会うことが叶わなくなってしまった……。現代人の私たちが読んでも、視覚的にも聴覚的にも、非常に想像力をかき立てられる場面ですね」
土肥「とても素敵ですよね。『源氏物語』は当時の教養の結晶ですし、その後は、『源氏物語』が一つの底流になりました。『源氏物語』を読むということは、日本の文化の源に触れるということでもあるんです」
佐山「『源氏物語』は、歌物語の流れでもありますから、そこに興味を抱くと、『古今和歌集』(新編11巻)や『新古今和歌集』(新編43巻)にもつながっていく。同じ作者の日記ということで、『紫式部日記』(新編26巻所収)、また同時代の随筆『枕草子』(新編18巻)に広がっても面白い。『源氏物語』からスタートして、その後、さまざまなジャンルの文学へと進展していくことができるんですね。そういった意味でも、古典初心者が『源氏物語』から入るメリットは大きいと思います。だから私たちも第一回配本に選びました」
"ネットで古典"という新しい文学のカタチ
──その『源氏物語』がデジタル化され、ジャパンナレッジで検索でき、読むことができるようになりました。
土肥「専門家にとって、『新編』がネットで検索できるということは、歓迎すべきことでしょう。文体研究や用語研究が、これまで以上に楽になりますし、新しい発見もここから生まれるかもしれません。私たち、一般読者から見ても、じつは喜ぶべきことなんです。だって、時とところを選ばず、古典を読むことができるんですから」
佐山「古典との距離が縮まれば、『言葉』そのものの面白さ、意味の変化にも気づきます。例えば、『恋』という言葉。今だったら、恋といえば"相思相愛"のことですよね? でも平安時代に恋といえば、『片思い』。『小倉百人一首』の中の、壬生忠見(みぶのただみ)の『恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか』。人に知れないようにひそかに思いを寄せていたのに、恋していることが噂になっちゃった、という歌ですが、恋=片思いだからこそ、こんな歌ができたのです。そうやって一つひとつ考えていくと、知識欲はますます高まっていきますよね。
まことに言葉は生き物で、意味内容も時代とともに変わっていきます。さらにいえば"道具(ツール)"から文化は生まれます。たとえば表記の手段の"漢字"が『古事記』や『萬葉集』を生み、"平仮名文字"によって『源氏物語』などが生まれました。今回のジャパンナレッジによる"古典のデジタル化"と"ネット検索"によって、次にどんな新しい文化・文学のカタチが生み出されるか、私は、そこに期待しているんです」


佐山辰夫(さやま・たつお)
土肥元子(とい・もとこ)